2020年ドラフトで福岡ソフトバンクホークスに1位指名で入団したのが井上朋也選手です。高校時代からすぐれたパワーヒッターで甲子園でも大活躍でした。そんな井上選手を育てたのが母親と学生時代の恩師でした。
目次
井上朋也選手の出身中学校
井上朋也選手の通っていた中学校は大阪府大阪府四条畷市立四条畷(しじょうなわて)中学校です。
四条畷市って、大阪府にこんな市があるなんて初めて知りました(汗)
大阪府の東部に位置し奈良県との県境ですね。
ちなみにこんなお土産があるようですよ。
四条畷のお土産(*´∪`)
永久堂吉宗さんのお菓子♡ pic.twitter.com/Idte5zXNLp— まちゃ (@Macha100sapi) March 14, 2021
四条畷市のご出身であるタレントのグっさんこと山口智充さんなどが観光大使を務めていることでも有名です。
山口智充、大阪四条畷出身。俺、ぐっさん大好きや。感じがいいし謙虚やし芸達者やし。この人ギターも上手いし歌も上手いからボードビリアン的なコメディアンとして優れてると思う。貴重な存在ですよ。 pic.twitter.com/Y3aADQD9On
— オッサンピーナッツ(本名:佐々木) (@dopam333) May 9, 2015
大阪の中でも奈良に近いということは少し山間のはず。とは言え大坂市へのベッドタウンでしょうから人も多く住むのには便利な場所なのかなと思います。
恩師・石田監督との絆
中学生時代は奈良にある生駒ボーイズ(シニア)で4番でセンター。全国大会への出場経験もありました。
また、中学3年生(2017年)時には少年野球(ボーイズリーグ)で日本代表に選出され、そこでも4番バッターとして活躍し、チームを世界一へと導いています。
当時の監督、石田氏とは現在でも連絡を取り合う仲。高校時代の活躍、そしてプロ入りと井上選手の成長に目を細めているそうです。
「井上の場合はセンスというよりも力強いスイングをする選手で、2年生の頃から上の代で試合に出場していました。トレーニングなどでは私の目を盗んでサボったりする中学生らしい一面もありましたが、バッティング練習に関してはすごくストイックで、新チームになってからは不動の四番として彼を外すことはなかったですね」 石田総監督談
このお話だけでいかに井上選手が頼りにされていたかが分かりますよね。
【注目の1年生】佐久長聖 藤原太郎
「部員数160名」の中で、1年生ながら北信越大会でベンチ入りメンバーを果たした彼の名は藤原太郎。
名門・生駒ボーイズ出身。そう、花咲徳栄で1年生ながらレギュラーメンバー入りしている井上朋也とチームメイト。#佐久長聖 #藤原太郎 https://t.co/xoQPLbvR39
— 汗と涙。 (@gari_wasabi) June 3, 2018
きっと、いい”教え”を受けてこられたのだろうと思います。
井上朋也選手のプロフィール
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名前:井上 朋也(いのうえ ともや)
生年月日:2003年1月28日
出身地:大阪府四条畷市
身長:181㎝
体重:87㎏
ポジション:内野手
投打:右投げ・右打ち
登場曲:ファイト!(中島みゆき)/Believer(Imagine Dragons)
井上選手が野球を始めたのは四条畷小学校2年生の頃からだそう。
リトルリーグの畷ファイターズに入部しています。
野球を始めた”きっかけ”については分かりませんでしたが、とにかくのめり込んだそうです。
ある時、親から「そんなだったら野球なんかやめてまえ」とわがままを叱責されると
井上少年は「野球しかないんや!オレから野球取り上げたら、何もないやないか」と反発したそうです。
まだ、小学生。やんちゃ盛りです。
中学生からは前述した「生駒ボーイズ」。関西でも強豪チームとして有名で、井上選手のほか
宮川 哲投手(東海大山形高校ー西武ライオンズ)
中村 和希選手(大阪桐蔭高校ー東北楽天育成)
植田 将太選手(慶応義塾大ー千葉ロッテマリーンズ)
の3名のプロ野球選手を輩出しています。
高校は埼玉県の花咲徳栄高校へ
大阪で生まれ育った井上選手ですが、高校は埼玉県の強豪花咲徳栄高等学校へ進学します。
実は、生駒ボーイズの石田監督と花咲徳栄高校の岩井監督が東北福祉大学時代のチームメイト。(石田監督が1年先輩)
岩井監督が埼玉から大坂まで足蹴く通って井上選手をスカウトしたそうですよ。
他にも多くの強豪校から声が掛かっていたそうですが、そこまでされたら応えないわけにはいきませんよね。
高校時代の2つの愛?
高校時代の井上選手は通算50本の本塁打を記録し、また50mを6秒そこそこで走れるオールラウンダー的な選手に育っています。
そして、春・夏の甲子園が開催出来なかった2020年のドラフトで福岡ソフトバンクホークスから1指名を受けるという快挙も達成。
そこには2つの大きな”愛”が存在していたみたいですね。
技術屋岩井監督とのフォーム改造
大阪から無理やり?スカウトしてきた花咲徳栄の岩井監督ですが、実は中学生時代の井上選手評はけっこう辛口だったようです。
「スイングスピードは速かったんですが、大きく波打つような感じで。正直言うと、きれいではなかった(笑)。当たれば飛ぶかもしれないが、どうなのかなと。」
中学3年生の夏ごろの岩井監督の井上選手評
ただ、このことが”監督半分、技術屋半分”を自認する岩井監督のやる気を引き起こします。
高校までは金属バットでプレーする野球も、プロともなれば木製バット。ちゃんとバットからボールに力を伝えないと飛ばないバットです。
「このままでは木製バットでは打てなくなる」
そう感じた岩井監督が不安がる井上選手を説得しフォームの改造に着手。それも2年生の秋ごろからだったそう。
不振に陥っていたわけでもない井上選手が不安に思っている時、岩井監督が伝えた言葉が
仮にインターハイの5000mで優勝した選手でも、大学駅伝やフルマラソンと競技が変われば走り方も変わるだろ(だからお前も・・)。
です。
井上選手の将来を見据えた岩井監督の「技術力」、素晴らしいですよね。
井上朋也選手の母親がスゴイ・・
井上朋也選手の母親、弥生さん。
2人娘の下に初めて授かった男の子が井上選手でした。きっとかわいくて仕方なかったんだろうと思いますが・・なんと!
中学を卒業して家を出ることになった井上選手を追いかけて、毎週末「車で大坂ー埼玉を往復」していたそうです。親として心配で様子を見に行っていくのなら分からないでもないですが、井上選手は寮生活。
何をしに行っているかと思ったら「息子を見に行っていた」そうです。
それも約1年間も。凄いパワーです。
片道600㎞ちかくの単独ドライブ。往復1200㎞の運転はよほどの”愛”の力がないと出来ませんよね。
・・というかほとんど”おっかけパワー”に近いものがある気もしますが(笑)
まとめ
「井上朋也の出身中学は?高校時代の母親と恩師の愛情が凄かった!【ソフトバンク】」をまとめました。
若手選手の活躍が期待される中、本格派スラッガーとして成長していってくれることを期待したいですよね。
以上
Sports News Deliveryでした。