陸上競技

今井隆生(駿河台大)中学や高校はどこ?経歴wikiが凄い【箱根駅伝】

30歳を超え箱根ランナーとして注目を集めている駿河台大学の今井隆生選手。10歳以上も年下の選手達との走りが楽しみです。社会人を経験し一回りも二回りも大人の選手が箱根をどう走るかとても気になりますよね。

今井隆生のwiki風プロフィール

箱根駅伝を走りたい!そんな思いを予選会にぶつけた今井隆生が所属する駿河台大学が見事8位(10位までが予選通過)でうれしい初出場です。

でも、何故30歳を過ぎた人が大学生になって箱根路を走るのでしょう?

今回はそのワケを中心に調べてみました。

今井隆生のプロフィール

今井隆生選手は1990年8月31日生まれで、2022年1月現在31歳になります。32歳の大学生なのです。

名前:今井 隆生(いまい たかお)

生年月日:1990年8月31日

出身地:東京都保谷市(現西東京市)

身長:165cm

体重:52㎏

血液型:?型(多分A型、勝手な憶測です)

種目:長距離走・マラソン

職業:埼玉県中学校教員

残念ながら今井隆生の幼少期の情報は見つけることができませんでしたが、唯一東京都西東京市(旧保谷市)のご出身であることが分かりました。

出身校はどこ?

おそらくお生まれの旧保谷市のどこかの小学校へ通われていたのだと思います。見つけることができたのは高校からで卒業された中学校もわかりませんでした。

通っていた高校は東京都立大泉高等学校とのこと。

この学校は東京の練馬区にある高校で自宅からも容易に通える場所にあります。

そこではすでに陸上部に所属していたそうです。経験上高校から陸上を始めるというのも考えずらいのできっと中学でも走っていたのだろうと思います。

インターハイ出場や高校駅伝など目立った成績は見つけられなかったのでいわゆる無名の選手だったとは思いますが、大学では箱根駅伝を走りたいという夢を抱いていたそうです。

そうして進んだ大学が日本体育大学。

箱根駅伝では優勝経験もある名門です。

でも、入学して間もなくその夢だ砕け散ったとか。

あまりの周りとの実力に自分が持っていていい夢ではないという現実に直面したそうです。

大学の陸上界、特に長距離部門は全国から高校のトップランナーがよりよい環境や優れた監督をめがけて終結してきます。全国大会や高校駅伝などでしのぎを削ったライバルがチームメイトになったりする世界です。

その現実と向き合い、自分を見失わず新たな道に進んだのが逆に夢を実現させるのですから人生分かりませんよね。

今井隆生の経歴

日本体育大学での陸上を諦めた今井隆生はそれでも走ることはやめずにトライアスロンへ転向します。在学中にトライアスロンの実業団チーム ケンズというところに所属し

関東トライアスロン選手権・・優勝

日本デュアスロン選手権U23・・優勝

ITU世界デュアスロン選手権U23・・8位入賞

など着々と力をつけていきます。

ただ、その傍らで今井隆生が大学4年生の時、日本体育大学は箱根で見事総合優勝を遂げます。

一度は身を置いた陸上部の同期たちの快挙だったわけです。

普通なら「俺もあの場所にいたかった」と悔いが残るところですが、そのころには駅伝への未練はなく「素直に同期たちの活躍」を称えたといいます。

大学を卒業後もしばらくはトライアスロンを続けていたそうですが、ある時監督から「トライアスロンでは飯が食えない。別の道を考えた方がいい。」という事実上の戦力外通告を受けてしまいます。

確かにまだまだマイナーなトライアスロンでは、たとえ日本のトップ選手だとしてもそれだけで生計を立てていくのは難しそうですよね。

現実とはしっかり向き合うことができる今井隆生でしたから、すぐに自分の出来ることを考えたと思います。

そして、2017年頃に導き出したのが大学で取得していた教員免許を活かした埼玉県中学校教員(体育)への転身でした。

実はその道は今でも続いているのです。

箱根駅伝への道

中学の体育の先生になってしばらくは今井隆生自身、自分が箱根駅伝を走ることは全く考えていなかったでしょう。

箱根駅伝は大学生のものですから、一度卒業してしまえば二度とその機会はなくなると誰しもが思っていると思います。

ですが、実は大学というところは義務教育ではありませんから何歳でも何度でも通うことができるんですよね。

再び芽生えた箱根への想い

実は、今井隆生先生は実際に中学生と接しているうちにある壁にぶつかっていたようです。

自分が今持っている知識やスキルでこの先もよりよい指導ができるのだろうか?

保健体育という一般教科とは違う教育環境でこれからの子供たちとしっかり向き合うために心理やカウンセリングを身に付けておきたい。

そんな自分の内側から出てくる欲求を満たすため「自己啓発等休業」制度を活用し2年間だけ教職を休職し再び学びの道へ戻っていきます。

2020年4月 駿河台大学 心理学部3年生へ編入学。今井隆生29歳のことです。

とは言え何故、駿河台大学だったのでしょう。調べてみると理由が2つあるようです。

1つは家から近かったこと。

そしてもう1つは駿河台大学の陸上部と”縁”があったことです。

実はこの”縁”こそが今井隆生を再び箱根へ導くきっかけになったと言っても過言ではないでしょう。

走ることはやめられない

大学で陸上競技の壁にぶつかっても、社会人としてトライアスロン競技の限界を知らされてもそして中学校の先生になっても

今井隆生は走ることはやめませんでした。

先生になってからも市民ランナーとしていくつかの大会へ参加していたようですが

2018年の大田原マラソン大会で優勝(2時間28分32秒)、その功績でパリマラソンへ派遣されさらに翌年(2019年)、同じ大会で準優勝(2時間23分23秒)と自己ベストを5分以上縮めるという大きな成長を遂げていたのです。

駿河台大学陸上部との”縁”

そんな今井隆生を支えていたのが駿河台大学の陸上部、正確には大学のグラウンドなのです。

駿河台大学の陸上部の徳本一善監督とは中学校の先生時代ある大会で声をかけていらいの仲とのこと。

その徳本監督から「走るんだったらうちのグランドを使っていいよ」と心憎い誘いがあり、と同時に度々走りに対する助言をもらいながらトレーニングをしたことで前述の成績を遺せたようです。

そして、その徳本一善監督に自分の学校への編入を後押しされ、また来るんだったら一緒に箱根を目指そうと箱根駅伝をも後押しされたそうです。

大学生今井隆生

そうして編入学した駿河台大学。迷うことなく陸上部へ入部します。

そこには10歳以上も年下の現役大学生たちがいたわけですが、たまたまその中に永井竜二という選手がいたのですが、彼は中学校教師時代の生徒だったそうです。

その時今井隆生先生が思ったことは

「今までは彼が自分の背中を追いかけていたが、最後に自分が追いかける形となった。区間順位で勝ちたい気持ちがある」。

だったそう。同期のライバルとして元教え子に一歩も引かない心づもりのようですね。

そして、今井隆生は生涯でたった2回の箱根駅伝への挑戦権を手にすることなったわけです。

しかし、最初(2020年)の予選会では惜しくも12位で突破はできませんでした。

ですが、1年後(2021年)冒頭で紹介したようにラストチャンスを見事につかみ、今井隆生選手は箱根駅伝の切符を見事手にすることができました。

まとめ

「今井隆生(駿河台大)中学や高校はどこ?経歴wikiが凄い【箱根駅伝】」をまとめました。

今井隆生選手が箱根路を思う存分走り抜け、他の9選手も悔いのない走りができるよう応援してますよ~。

以上

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